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大阪高等裁判所 昭和29年(う)625号 判決

主文

原判決中被告人山中忠良、高井義夫、朴成峯、金在善、六角辰次郎、山口昇、植木栄治、金千石及び被告人松原武雄に関する部分を破棄する。

被告人山中忠良、朴成峯及び六角辰次郎を各懲役二年に、

被告人高井義夫及び松原武雄を各懲役一年六月に、

被告人金在善を懲役一年に、

被告人山口昇を原判決の判示第一の(一)の罪につき罰金五万円に、その余の罪につき懲役二年に、

被告人植木栄治を原判決の判示第三の罪につき罰金三万円に、その余の罪につき懲役一年六月に、

被告人金千石を原判決の判示第二の罪につき罰金一万五千円に、判示第八の罪につき懲役一年に、

処する。

被告人六角辰次郎については原審の未決勾留日数中九十日を右本刑に算入する。

被告人山口昇、植木栄治及び金千石において右罰金を完納することができないときは金千円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

本裁判確定の日から被告人山中忠良、朴成峯及び山口昇については五年間、被告人高井義夫及び植木栄治については四年間、被告人金在善及び金千石については三年間、いずれも右各懲役刑の執行を猶予する。

押収に係る製版機一台(昭和二十八年裁領第百六十五号の第一号)截断器一台(同号の第六十号)ケーブルオフセツト印刷機一台(同号の第四十七号)偽造十ドル券三百十七枚(昭和二十七年裁領第千三十八号の第一、二号)は被告人山中忠良、朴成峯、高井義夫、六角辰次郎、山口昇、植木栄治及び松原武雄から、ジンク版六枚(昭和二十八年裁領第百六十五号の第十九号)試験刷若干(同号の第二十一号)偽造十ドル券一枚(同号の第六十二号)は被告人金在善及び金千石からいずれもこれを沒収する。

被告人山口昇から三千円、被告人植木栄治から四千五百円を追徴する。

原審の訴訟費用中証人及び鑑定人に支給した部分は被告人山中忠良、高井義夫、金在善、六角辰治郎、山口昇、植木栄治、金千石及び松原武雄の連帯負担とし、国選弁護人中西義治に支給した部分の三分の一は被告人六角辰次郎の負担とし、国選弁護人小泉要三に支給した部分は全部被告人松原武雄の負担とする。

当審の訴訟費用は被告人高井義夫、朴成峯、六角辰次郎、山口昇及び松原武雄の負担とする。

被告人堀金忠好の本件控訴は、これを棄却する。

理由

本件控訴理由は末尾添付の各控訴趣意書の通りである。

一、検事の控訴理由(被告人堀金忠好を除いたその余の被告人全部の関係)

第一について、

(一)  検事は、原判決は被告人山中忠良、高井義夫、朴成峯、六角辰次郎、山口昇、植木栄治及び松原武雄が米国政府発行名義の十ドル紙幣を偽造した事実を認め、これに明治三十八年法律第六十六号外国ニ於テ流通スル貨幣紙幣銀行券証券偽造変造及模造ニ関スル法律(以下法律六六号と略称する)第一条第一項を適用し、その法定刑の短期を法解釈の方法により刑法第百四十九条第一項の短期の範囲内に制限しているのである。右は罪刑法定主義に反し法的安定性を害するものである。法定刑の変更は立法機関の任務であつて、本件の処理としては酌量減軽の方法によつて量刑すべきであると主張する。

しかして、原判決を調査するに原判決は所論のように右被告人等の十ドル紙幣偽造の事実を認めてこれに法律六六号第一条第一項を適用し、その法定刑は酷刑であると断じ法解釈の方法により妥当な刑を発見すべきであるとの見地に立ち、本罪の刑は刑法第百四十九条第一項の刑と比較して著しく均衡を失し同法第百四十八条、第百四十九条と矛盾するものと認め、これを合理的に理解するために右法律六六号第一条第一項の法定刑の短期を二年に減縮すべきものとしているのである。そして酌量減軽の方法は具体的に酌量の理由ある場合に限り適用せられるのであつて、本件の場合は歴史の流れに即応した法解釈の方法によつて減軽すべきであると説示しているのである。

よつて案じるに、なるほど法律六六号第一条第一項が法定刑として重懲役(九年以上十一年以下)又は軽懲役(六年以上八年以下)という短期の極めて長い刑を規定していることは旧刑法時代の規定そのままであつて、厳に失するの憾みがある。しかし、刑法施行法第二十一条の規定が、旧刑法時代の他の法律に定めたる刑を減軽すべき場合には旧刑法の加減例に関する規定、すなわち本刑に一等又は二等を減ずる方法を存置していることは、新(現行)刑法の刑との権衡を図るためとも考えられる。思うに、刑罰法規の犯罪構成要件は文字の性質上多義的であるから法を運用する者にとつては解釈手段を用いないわけにいかないこと当然であるが、法定刑は数字をもつて一義的に明示せられているのであるから法解釈の方法を用いて変更を加えることができるかは、頗る疑問といわねばならない。仮りに被告人の利益のためならば、すなわち国民の基本的人権を守る方向には刑罰法規の字句に拘泥する必要がないとの論議が正しいとしても、本件におけるように、酌量減軽の方法があるにかかわらず、これを度外視することは、少くとも実務的には正当な解釈方法とは考えられない。要は、法定刑の最低が具体的妥当性を存するかどうかの問題であつて、旧刑法時代の他の法律の法定刑の最低をもつて処罰することが現行刑法の同類の犯罪の刑罰に比べて、著しく権衡を失しているような事情があるならば、これを酌量減軽の事由と考えて、刑罰の具体的妥当性を図るのが相当である。裁判官が具体的事件を処理するに当つて活用できる方法を尽しても、なおかつ刑罰の著しい不権衡を生じるような場合は、問題は別であるが、本件はさような場合に該当しない。

よつて旧刑法、現行刑法、刑法施行法の関係法規を調査するに、法律六六号は明治三十八年旧刑法施行中に制定せられ、その後明治四十年に現行刑法が制定せられ翌四十一年から施行せられたのであるが、現行刑法は旧刑法に比べて画期的な改正を企てたものであつたから、その施行法の規定は将来を予測しその運用に欠くるなきを期し、その内容は周到にして詳密を極めていること周知のところである。殊に旧刑法下に制定せられた他の刑罰法規にして新刑法の下においても存続するものについて新刑法との調和、刑罰法の統一を図るため第十九条乃至第二十七条の規定を設けているのである。

そこで法律六六号第一条第一項の法定刑を調査すると同項は重懲役又は軽懲役を定めている。そして旧刑法第二十二条第二項によると、重懲役は九年以上十一年以下、軽懲役は六年以上八年以下と規定されているのである。

しかして、刑法施行法第二十一条により右法定刑の減軽方法は旧刑法の加減例の規定に従うべきところ、同法第六十九条第一項により軽懲役に該る者を減軽すべきときは二年以上五年以下の重禁錮に処するを以て一等とし、酌量減軽、未遂減軽共に一等又は二等を減ずと規定され(旧刑法第九十条第百十二条)同法第八十九条第二項現行刑法第六十七条によると、右二種の減軽はこれを重ねて行うことができるのである。また禁錮の減軽は四分の一を減ずるのを一等とされている(旧刑法第七十条)。従つて本件の既遂罪については二等の酌量減軽により短期を重禁錮一年六月に、未遂罪については、先ず未遂減軽をした後に酌量減軽をするのであるが、二等の未遂減軽の併用によつて短期を重禁錮十月四日に減軽することができ、刑法施行法第十九条により現行刑法の刑と対照し右刑名を現行刑法の懲役と変更するのである。

ひるがえつて、現行刑法第百四十八条の刑は短期が三年第百四十九条の刑は短期が二年であるから本罪が既遂の場合は同法第七十一条、第六十八条第三号により酌量減軽すれば前者の短期が一年六月、後者の短期が一年となり、同法第六十七条により未遂減軽と酌量減軽は併用できるのであるから本罪が未遂の場合は未遂減軽をした上更に酌量減軽をすると同法第六十八条第三号が重ねて適用せられる結果前者の短期が九月、後者の短期が六月となるのである(長期については常に現行刑法の方が重い)。以上旧刑法下の法律六六号第一条第一項の刑と現行刑法第百四十九条、第百四十八条の刑を比較対照してみると、右第一条第一項の刑が原判決の説示するように苛酷な刑とも思えないし、これら一連の刑罰法規の統一的理解が困難であるとも考えられない。要は旧刑法の加減例を事案に応じ適切に適用することによつて刑法施行法の意図した現行刑法下の刑罰法規の統一的理解が全うせられるものといわなければならない。従つて原判決が右第一条第一項の法定刑を解釈によつて変更して本件に適用したのは誤である。

原判決は此の部分に関して破棄を免れるわけにいかない。

(二)  検事は、原判決は被告人金在善及び金千石について米国政府発行名義の十ドル紙幣偽造未遂の事実を認め法律六六号第一条第一項を適用し、その法定刑の短期を二年に減縮しながら刑法施行法第三十二条を適用し右被告人等を懲役一年に処している。右は法令適用の誤であると主張する。

しかして、原判決を調査するに原判決が本件に刑法施行法第三十二条を適用したことは誤ではないが、法律六六号第一条第一項の法定刑の短期を解釈の方法によつて修正適用した点に法令の適用の誤があること既に説明した通りである。従つて原判決は此の点についても破棄を免れない。

以上説明した通り原判決には検事所論の通り右の点について法令の適用に誤があるので、原判決中被告人堀金を除いたその余の各被告人に関する部分を破棄し当審で直ちに判決できるものと認め量刑不当の点についても同時に判断することとし刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書を適用して次の通り判決する。

(一)  被告人山中忠良、高井義夫、朴成峯、原判決確定の右各被告人の米国政府発行名義の十ドル紙幣偽造の事実をその挙示する証拠で認め、これに外国ニ於テ流通スル貨幣紙幣銀行券証券偽造変造及模造ニ関スル法律(以下法律六六号と略称する)第一条第一項を適用し所定刑中軽懲役刑を選択処断すべきところ犯罪の情状憫諒すべきものがあるので刑法第六十六条に因り減軽することとし、刑法施行法第二十一条に従い旧刑法の加減例を適用し、同法第九十条、第六十九条第一項により被告人山中及び朴については一等を減じて二年以上五年以下の重禁錮とし、被告人高井については同法第九十条、第六十九条第一項、第七十条第一項により二等を減じて一年六月以上三年九月以下の重禁錮とし、刑法施行法第十九条により刑法の刑に対照して右重禁錮を刑法の懲役に変更し、右刑期範囲内で被告人山中及び朴を懲役二年に、被告人高井を懲役一年六月に処する。

(二)  被告人金在善、

原判決確定の被告人金在善の米国政府発行名義の十ドル紙幣偽造未遂の事実をその挙示する証拠で認め、これに法律六六号第一条第一項刑法施行法第三十二条を適用し、所定刑中軽懲役刑を選択し処断すべきところ、未遂罪であるから刑法第四十三条刑法施行法第二十一条、旧刑法第百十二条、第百十三条に則り二等を減ずることとし、旧刑法第六十九条第一項、第七十条第一項に従い一年六月以上三年九月以下の重禁錮とし、なお犯罪の情状憫諒すべきものがあるので刑法第六十六条により更に酌量減軽をすることとし、刑法施行法第二十一条、旧刑法第九十条に従つて二等の減軽を行い旧刑法七十条第一項を更に二回適用し右法定刑を十月四日以上二年一月九日以下の重禁錮に減軽する。そして刑法施行法第十九条により刑法の刑に対照して右重禁錮を刑法の懲役に変更し、右刑期範囲内で被告人金在善を懲役一年に処するを相当とする。

(三)  被告人六角辰次郎、山口昇、植木栄治、原判決確定の判示第一の(一)(二)山口及び六角のたばこ専売法違反の事実「第三、山口、六角及び植木のたばこ専売法違反の事実」第四の(一)乃至(五)山口及び植木の「第五、山口の第六、(一)乃至(三)植木の各たばこ専売法違反の事実」第七、山口、六角、植木の米国政府発行名義の十ドル紙幣偽造の事実をその挙示する証拠で認め、これを法律に照すと判示第一、の(一)(二)第三、第四、の(一)乃至(五)及び第六の(一)(二)の各所為はたばこ専売法第六十五条の二、第七十一条第一号に、判示第五及び第六の(三)の各所為は同法第六十六条第一項、第七十一条第一号に判示第七の所為は法律六六号第一条第一項に該当する。しかして、たばこ専売法違反の事実中山口の第一の(一)の罪、植木の第三の罪については各所定刑中罰金刑を選択して被告人山口を罰金五万円に、被告人植木を罰金三万円に処し、右の罪を除く山口び植木のたばこ専売法違反及び六角の同法違反の各罪についてはいずれも所定刑中懲役刑を選択し、法律六六号第一条第一項については所定刑中軽懲役刑を選択し右は刑法第四十五条前段の併合罪であるから刑法第四十七条本文及び但書第十条刑法施行法第二条により、最も重い右法律六六号第一条第一項の罪の刑の長期に法定の加重をし処断すべきところ、犯罪の情状憫諒すべきものがあるので刑法第六十六条に因り、減軽することとし、同法施行法第二十一条に従い旧刑法の加減例第六十九条第一項、第七十条第一項を適用し同法第九十条により被告人六角及び山口については一等を減じて二年以上五年以下の重禁錮とし、被告人植木については二等を減じ、一年六月以上三年九月以下の重禁錮とし、刑法施行法第十九条により刑法の刑に対照して右重禁錮を懲役に変更し右刑期範囲内で右の罪につき被告人六角及び山口を懲役二年に、被告人植木を懲役一年六月に処するを相当とする。

(四)  被告人金千石、

原判決確定の被告人金千石の判示第二たばこ専売法違反幇助及び判示第八米国政府発行名義の十ドル紙幣偽造未遂の各事実をその挙示する事実によつて認め、これを法律に照すと右判示第二の事実はたばこ専売法第六十五条の二、第七十一条第一号、第七十八条に該当するので所定刑中罰金刑を選択して被告人金千石を罰金一万五千円に処し、判示第八の事実は法律六六号第一条第一項、刑法施行法第三十二条に該当するところ所定刑中軽懲役刑を選択し未遂罪であるから刑法第四十三条に従い未遂減軽を行うこととし、刑法施行法第二十一条により旧刑法の加減例を適用し旧刑法第百十二条、第百十三条第一項に則り二等を減ずることとし、同法第六十九条第一項第七十条第一項に従い一年六月以上三年九月以下の重禁錮とし、なお犯罪の情状悃諒すべきものがあるので、刑法第六十六条により減軽することとし刑法施行法第二十一条、旧刑法第九十条に従い二等の酌量減軽をし旧刑法第六十九条第一項、第七十条第一項を適用して十月四日以上二年一月九日以下の重禁錮とし刑法施行法第十九条により刑法の刑と対照し重禁錮を懲役に変更し右刑期範囲内で同被告人を右の罪につき懲役一年に処するを相当とする。

(五)  被告人松原武雄、

原判決確定の被告人松原の米国政府発行名義の十ドル紙幣偽造の事実及びたばこ専売法違反幇助の事実をその挙示する証拠によつて認め、これを法律に照すとたばこ専売法違反幇助の点は同法第六十五条の二、第七十一条第一号、刑法第六十二条に該当するので所定刑中懲役刑を選択したばこ専売法第七十八条但書、刑法第六十三条第六十八条第三号を適用して法律上の減軽をし、ドル紙幣偽造の点は法律六六号第一条第一項に該当するので所定刑中軽懲役刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから刑法第四十七条本文及び但書、第十条、刑法施行法第二条により最も重い右第一条第一項の罪の刑の長期に法定の加重をし処断すべきところ、犯罪の情状悃諒すべきものがあるので刑法第六十六条に因り減軽することとし、刑法施行法第二十一条に従い旧刑法の加減例第六十九条第一項、第七十条第一項に則り同法第九十条を適用して二等を減じ一年六月以上三年九月以下の重禁錮とし、刑法施行法第十九条により刑法の刑に対照して重禁錮を懲役に変更し右刑期範囲内で被告人松原を懲役一年六月に処する。

(六)  被告人六角辰次郎の未決勾留日数の算入については刑法第二十一条を適用する。

(七)  被告人山口昇、植木栄治及び金千石の換刑処分については刑法第十八条を適用する。

(八)  被告人山中忠良、高井義夫、朴成峯、金在善、山口昇、植木栄治、金千石については刑法第二十五条を適用して各主文第五項掲記の期間その懲役刑の執行を猶予する。

(九)  沒収については刑法第十九条を適用し追徴については山口の判示第五、植木の判示第六の(三)の私製たばこを沒収することができないのでたばこ専売法第七十五条第二項に則り主文第七項掲記の通り追徴する。

(十)  訴訟費用の負担については刑事訴訟法第百八十一条第一項、第百八十二条を適用する。

二、被告人堀金忠好の控訴理由、

(一)  弁護人は、被告人堀金は情を知らずして本件十ドル紙幣を受取り交付したから犯意がないと主張するけれども、原判決確定の事実はその挙示する証拠で充分に認められ記録上同被告人の弁解を採用するに足る証拠は少しもない。

(二)  弁護人は、被告人堀金は本件ドル紙幣を真物と信じて弟から受け取りその後偽物であると感づいたのである。すなわち同被告人は収得後情を知つて行使したものであるから法律六六号第三条第二項に問擬すべきである。原判決には事実の誤認と法令通用の誤があると主張するけれども、堀金清幸の司法警察員に対する第四回供述調書及び堀金顕信の検察官に対する第一回供述調書その他原判決挙示の証拠を綜合すると被告人堀金忠好は情を知りながら流通させる目的で堀金清幸から偽造のドル紙幣を受け取りこれを他人に交付した事実が認められる。従つて原判決には所論のような事実誤認の疑や法令適用の誤はない。

(三)  弁護人は、原審の被告人堀金忠好に対する科刑は不当であると主張するけれども所論を考慮に入れて記録に現われた諸般の情状を考察してみても原審の右科刑は相当であつて不当な量刑ではない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条を適用して主文末項の通り判決する。

(裁判長判事 斎藤朔郎 判事 松本圭三 網田覚一)

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